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その腕に抱かれて…の蛇足


 翌朝、彼は先日の夜更かしにもかかわらず、いつもより早い時間に起きる羽目になった。

「んー、だれだよ……」
 目をごしごしこする。もし気のせいならばもう一度寝なおすつもりで居たが、あいにく彼の感じた気配は勘違いではなかった。彼のまだはっきりしない視界をふさいでいるのは、こちらをじっと覗き込む年少組二人の姿である。
「ますたー」
 彼らの手には、清水を満たしたガラスのコップが一つづつ握られていた。
 確か昨日は部屋に戻ってきた後、汲んできた水はこの部屋の小卓において二人は各々の部屋に帰ったはずだ。だのにどうして二人ともこの部屋に居るのだろう。
「お前らどうした、雁首そろえて葬式みたいな顔して」
「ますたあ」
 ふたりがこの世の終わりのような顔をしていたので、何が起こったかの想像は粗方ついた。不謹慎だと思いつつも、そのかわいらしさと滑稽さについ彼は吹き出さずにいられない。
 くつくつと喉をを震わせながら、彼は左手を突いて上半身を起こした。両手を挙げて思い切りあくびすると、涙のにじむ目をぬぐって手を差し出す。
「その様子だと、やっぱ駄目だったみたいだな。ま、ちょっと俺に見せてみろ」
「はい」
 スターが涙目でうなずいてコップを差し出した。
「どうかな、マスター」
「やっぱり、力、なくなってるよね……」
 フローリアンが自分のコップを抱えたまま、確認をとるように問いただす。こういう力を感じ取る能力は、総じて自分達よりもアッシュのほうが強いのを知っているからだ。
 渡されたコップを真上や真横から覗き込み、アッシュは小さく首をかしげた。
「だな。見た目はあまりかわんねーのにな、何でだろうな」
 水は昨晩汲んだときから変わらぬ無色透明さを保っている。爽やかな緑の匂いや冷たさもそのままなのだが、あの脳に直接滲み込んで来るような魔力は感じられない。

「――――ふむ」

 アッシュは暫くコップと真っ暗な二人の顔を見比べていたが、いきなりフローリアンから二つ目のコップを奪い取ると立ち上がって大股で廊下に歩みだした。スターとフローリアンが慌てて彼の後を追いかける。

「マスターどこ行くの!?」
「いや、ちょっとな」

 隣の部屋をコップを持った手でノックする。どうぞという返事が帰ってくるのを確認して、彼はドアを蹴り開けた。
 凸凹な三人がいきなり現れたことに、テーブルの前で波打つ長い髪を整えていたレンジャーが目を丸くする。
「よお」
「珍しく早いのねマスター……あら、貴方たちも一緒なの?」
 マスターの突然の行動に気を抜かれていた後ろの二人が、慌ててぺこりと頭を下げた。
「あー、そのな。おはようの一杯でも飲まないかと思ってさ」
 唐突な言葉に、彼女が訝しげに眉をひそめた。
「朝からお酒?」
「いや、ただの水だ。あーいや、ただの、とは違うかも知れねーけど」
 彼女の向かいの椅子に乱暴に腰掛けた青年が、コップの一つを彼女の前に置く。
「本当に水なの?……そう、それじゃ頂くわね」
 彼女は差し出されたコップを素直に受け取った。
 水を口元に持っていった彼女の顔が、わずかに驚きの形を作る。
「あら、いい香り。緑の香りかしら」
 うんうんとマスターの後ろでうなずく二人の顔を見て小さく笑うと、彼女は冷たい清水を口に含んだ。固唾をのんで見守る二人の前で、白い喉が小さく動く。
 コップを空にした彼女は、花が咲くような微笑で礼を言った。

「頭がすっきりするみたい。美味しかったわ、ありがとう」
「持って来てくれたのはこいつらだから。そっちに例を言ってやってくれ」
「そうなの?ありがとうね二人とも」

 やったあ!とでも言い出しそうな後ろの二人を横目で見て、アッシュがほっとしたような顔をする。

「確かまだ水はあっただろ?」
「うん、水筒いっぱい!」
「だったら他の奴にも配ってきてやれ。きっと喜ぶから」
「はいマスター!」

 回復の効果はなくなれども、皆を喜ばせるという彼らの目的は一応達せられそうだ。元気良く駆け出して行った二人を微笑ましく見送って、アッシュは小さく息を吐く。

「マスター、ちょっと」
 その彼の後頭部を、レンジャーがぺしりとひっぱたいた。
 反射的に叩かれたところを押さえて振りむいた彼を、レンジャーがさっきとはうってかわって険しい顔でなじる。
「貴方の管理不行き届きよ」
「ん?」
「あれ、樹海の湧き水じゃない。あの子達いつの間に汲みに行ったの」
「あー……」
 何かうまくごまかせるかと考えかけて、やめた。下手なごまかしや嘘は彼女には通用しない。小細工はやるだけ無駄だろう。
「やっぱ気づいたか。汲みに行ったのは昨日の深夜だな」
「知ってるならどうして止めなかったの?」
「俺もついてったから」
 レンジャーが怒るのを通り越して呆れ顔になった。素っ頓狂な声が上がる。
「なにやってるのよ!」
「いやほら、俺が行けば少ないながら一応バランスは取れるだろ?アタッカーにディフェンサーに、ヒーラー」
 指折り数える彼の頭を今度こそレンジャーは全力でどつきたおした。術式を食らった鋏カブトのごとく彼がテーブルに潰れる。
「いってぇ……」
 額を押さえて起き上がる彼の前で、レンジャーが腕を組んで仁王立ちになっていた。
「ばっっかじゃないの!」

 冒険者としての心構えが足りない、自分がどれだけ危険な領域に踏み込んでいるのか分かっているのか、油断大敵、注意一秒怪我一生、そもそもあなたのご両親は樹海で亡くなってるんでしょうそのあたり分かってるのあーくん!
 頭上で延々と説教されてアッシュは自ら卓に突っ伏した。ギルドマスターの威厳もへったくれもあったものではない。

「あとであの子達にも言って聞かせるからね?」
「樹海の危険さを教えるのは良いけどさ、でもこのことはあまり怒らないでやってくれよ。頼むから」
 懇願するアッシュに彼女は一つ鼻を鳴らした。この期に及んでまだ彼らをかばおうとするかこのギルドマスターは。そういうところは昔から全く変わらない。

「分かってるわよ。でも今度やったら許さないからね」
「さんきゅな」
「その代わり今日一日貴方は雑用!今から施薬院に買い出し行って来なさい!」
「へーい」

 寝不足と精神的ダメージでよれよれになって出てきた彼は、自分の持っていたコップの水を一気に飲み干して荷物を取りに自室に向かった。確かに美味しい。頭がすっきりしたような気が……しないでも、ない。


『水は美味しかったですが、でも勝手な行動はいけませんねぇ。お し お き です♪』
 ばちーん!びしゃーん!
『きゃーっ、ごめんなさーい!』


「―――――」
 レンジャーが説教するまでも無く、アルケミストが彼らに何かしらのお仕置きをしているような気がするのには、気づかなかったことにしておいた。




 まだ駆け出しの彼ら。
 多分アッシュ(ソードマン)15歳、ナタリア(レンジャー)16歳、スター(メディック)&フローリアン(パラディン)13歳、ジェイド(アルケミスト)30歳とかそんな感じ。

 音刃さまマジすみません…
update : 2007.05.04
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